2021年4月22日
薬剤により突然変異を誘発したシロイヌナズナ(アブラナ科植物)約 6,700 個体の顕微鏡観察から見いだされた突然変異体 “suba1 (stromule biogenesis altered 1)” では、葉の表皮、花弁、花粉など、様々な細胞でプラスチドが異常な形態を示しました。とりわけ、“ストロミュール” と呼ばれる、すば(¶)のような細い管状の構造が過剰に形成されていました(写真)。その一方で、同じくプラスチドの一種である葉肉細胞葉緑体では、形態の変化は見られませんでした。古典的な遺伝子マッピングと全ゲノムシークエンシング(塩基配列決定)とを組み合わせた変異解析の結果、suba1 変異体の表現型は TGD5 遺伝子の機能喪失変異(第2イントロンのRNAスプライシング不全)によってもたらされることが判明しました。
生物系の伊藤竜一准教授、中島耕大さん(2016年度卒業、現・名古屋大学大学院)、上智大学理工学部の藤原誠准教授らの研究グループは、植物特有の細胞小器官「プラスチド(色素体)」の正常形態維持に TGD5 遺伝子が必要であることを明らかにしました。この研究成果は、英国の植物科学専門誌「The Plant Journal」に掲載されました。
suba1 変異体の葉表皮細胞で見られるプラスチド。
ストロミュール(細管状構造)の過剰形成が見られる。
TGD5 遺伝子がコードするタンパク質は、小胞体(ER)からプラスチドへの脂質輸送に関与していると考えられていることから、
・非葉肉型プラスチドでは ER→プラスチド間脂質輸送が正常形態維持に必須であること
・光合成を盛んに行う葉肉細胞葉緑体と、光合成が不活発な非葉肉型プラスチドとでは、脂質合成経路の違いを反映して形態維持の仕組みも異なること
が示唆されました。
また、ストロミュールは、古くは19世紀後半から文献記載(スケッチ)がありながらも(Schimper (1883) など)、いまだその形成メカニズムは解明されていません。本研究成果は、140年来の謎であるストロミュールの形成メカニズムに関しても、「ERからの脂質輸送」という新たな角度から光を当てるものです。■
______
(¶)うちなーぐち(沖縄方言)で「沖縄そば」の意。変異体名 “suba ” は「ストロミュール形成が異常」の英語表記の略称と、「沖縄そば(のようにプラスチドが細長く伸びる)」のダブルミーニングである。うちなーぐち由来の変異体名の学術論文記載は、もしかすると史上初かも知れない。なお、もう一つの suba 変異体 “suba2 ” については、Itoh et al. (2018)、Ishikawa et al. (2020) を参照されたい。
<論文情報>
タイトル:TGD5 is required for normal morphogenesis of non-mesophyll plastids, but not mesophyll chloroplasts, in Arabidopsis
掲載誌:The Plant Journal
著者:伊藤竜一(1,*)、中島耕大(1)、佐々木駿(2)、石川浩樹(2)、風間裕介(3)、阿部知子(3)、藤原誠(2)
1 琉球大学理学部海洋自然科学科生物系 2 上智大学理工学部物質生命理工学科
3 理化学研究所仁科加速器科学研究センター (所属はすべて研究当時のもの)
* Corresponding author(責任著者)
論文URL:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/tpj.15287
問い合わせ先:ryuitoh [at] sci.u-ryukyu.ac.jp(伊藤)
参考文献(プラスチドやストロミュールについて、より詳しく知りたい一般の方向け)
伊藤 竜一 (2013) 葉緑体の知られざる生活.琉球大学(編)知の源泉 ― やわらかい南の学と思想5,pp. 272–287.沖縄タイムス社,那覇.